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人生はゲームである。

新卒入社1ヶ月で会社を辞めたゆとり世代。その経験から「短期離職者の生き方」を共有しています。

林修先生から学ぶ!人間は「環境」に左右される生き物

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上のレベル、高偏差値大学に行くと感覚のインフレが起きる。凄く勉強してるのが当たり前という意識の人たちとの生活。逆にしたの方はちょっとしかやってないのにおれ優秀だと思う奴らで溢れかえっている。

昨年、流行語大賞にも選ばれた、今でしょ!の林修先生の著書を読んでみたら、上記の文章が心に沁みました。今回は、自惚れていた大学時代について綴ります。

 

目次

 

Fラン大学とバカ高校の劣悪な環境

僕の大学は所謂Fランで、チャラチャラしていたりする学生が多く、あまり図書館で本を読んだり、勉強していたりする学生が少なかったように思います。

 

そしてそれは、高校時代にもいえたことで、僕の通っていた高校もまた酷かったです。その高校の友達の間では、「日帰り鑑別所」と言い合ってるぐらいなことから、その酷さが想像できると思います。笑

 

その学校では入学者の半分ぐらいが辞めますし、卒業したとしても8割以上就職またはフリーターとなって卒業していきます。僕は幸い、大学進学コースというクラスにいたからなのか、大学に進学しました。

 

図書館で本を読んだり勉強することに優越感

そのような環境で育ったからなのか、大学でちょっと図書館で本を読んだり勉強したりする自分に酔っている自分がおりました。というか、周りが遊んでばっかりだったので、もうそれだけで自分は周りとは違うというよくわからない自己認識がありました。自分もそのときはゲーセンやパチンコに毎日のように入り浸っているぐらい堕落した大学生だったのですが。汗

 

そして、高校時代からもそうだったのですが、赤点を取らない最低限の部分だけを、テスト前日とかに勉強して単位を取るようにしていて、また実際に最低限取れていたので、そこからの自信もあったかと思います。

 

好きな人との講義は最高評価

あと、印象的な出来事として、好きな人と一緒に受けた講義において、最高評価のSを取得しました。僕はあんまり大学に通わずに自分の好きなことばかりやっていて、基本的に最低限の評価Cばかりだったのですが、好きな人と一緒に受けた講義では一緒にいたいという気持ちからしっかり毎回出席していたので、成績も最高評価でした。笑

 

この経験もあって、自分はやればできるんだという根拠のない自信を持っていたことも自惚れの原因にあると思います。

 

ぬるま湯の環境にいると自惚れる

このように僕はやればできるという自信と、ちょっと本を読む習慣があったことから、勝手に自分は頭がいい方なんだと自己解釈していました。ところが、現実は全くそんなことはありませんでした。昔の自分のログを見てみると、とんでもないくらいお馬鹿です。

 

この記事で何が言いたいのかというと、大学時代にそのような環境にいたために、自分の実力を過剰に評価していたということです。社会に出てみると、勉強するのが当たり前みたいな人がたくさんいて、将来を見越して、バイトや学生団体などにも積極的に参加していた人が多いことに気付かされます。

 

もし僕も彼らみたいな人が友達にいたり、塾などで勉強するのが当たり前みたいな学生達に囲まれた環境で過ごしていたら、 きっと自分に自惚れてはいなかっただろうし、毎日勉強するのが当たり前で、きっと毎日勉強したり将来を見越して様々な取り組みをしていたのだろうなあと思いました。

 

まとめ 〜林修先生から学ぶ!人間は「環境」に左右される生き物〜

そういえば、あすなろラボという番組で、今でしょの林修先生が負ける人の共通点として3つ挙げていましたね。それは、「情報不足、思い込み、慢心」だと。そして、東大特進クラスの人達のことをこう仰られていました。

 

「彼らがなぜ100点とは言わないまでも、高得点が出るのかっていうと、周囲の大人たちに大事にされてず〜っと拾ってもらってきている子たちだからなんですよね。」